アクセサリーのモチーフの意味合いと存在理由

なぜ古来からアクセサリーは存在し価値ある素材として扱われているのか?

日常で常にアクセサリーに触れる中でアクセサリーの存在理由について考える時がある。というより、これまで自然と考え続けてきましたが結論その答えを出せずにいる。むしろ、答えが見つからないからこそ、深く味わい続ける事ができるのではないでしょうか?


しかし、それでは話がすぐに終わってしまうので私の主観や想いを深掘りしてみます。果たして、この場でどれくらいの距離まで深く掘れるか?


アクセサリーの歴史的な背景と人々の想い

そもそもアクセサリーの歴史は古代にまで遡りエジプトのファラオ等の人物を表すモチーフ、または動物の性質からも意味合いを持たせ、銅像や石像、アクセサリー等、カタチあるモノにし、これまで様々な人の感性で再現されてきました。さらに星やハート等のモチーフは本来のカタチとは変わったモノであり自然や生命の神秘を物語っています。自然や生命については永遠のテーマであり、考えても答えは出ないにしろ、もしかしたら無意識にその答えを探し続けているのではないか?…と、もちろん私個人の感覚です。


この事についてですが、自分自身を象徴する事、何かしらの証を示す。アクセサリーに限らずファッションや身近にあるモノの殆どが当てはまると思います。一言でまとめると個人を象徴するモノです。


これまでの進化の過程の中でもアクセサリーや装飾品は存在し続けています

それぞれが身を置いている環境に合ったモノ、自分に合ったモノを選び、時にはこれまでの自分とかけ離れたモノに行き着く。遠いモノに手を伸ばすような感覚。進化の過程を考えると、常に何らかの変化を求めるのは、ごく自然な流れだと思います。その変化の一つとしてアクセサリーが存在するのではないかと。私は、そのように感じているのです。


それはアクセサリーとしてカタチは勿論、過去、現在、未来を示すモノ


自分の肌に触れ、一体感を感じるモノ


自分自身を知るためのモノ


自分を象徴し示していくモノ


あくまでも個人的に思うのが、これまでの自分の延長、軸の中で何かしらの変化を求めるている事。自分自身の在り方を示す。それら全てに意味があり、想いを共有できたりする。かけがえのない体験なのです。


アクセサリーの意味合いについて「それぞれが見出す?」

当然、シンプルな話、何を好み、何を求めるかは一人一人異なるりますが、その全ては気の持ちようで変わってくるのでは?さらに「求める」と「目標」は意味合いとして近いのではないか?と。何かしらを手にするまでの道のり、手にした後に体感できる事や、その先で得られる経験。古来からの言い伝えのように"アクセサリーには力が宿っているのか?"様々な考えがある中で、これから作り手としての私の考えを一部まとめ、お伝えしていきます。


自分自身の心の扉を開ける鍵が見つかるかもしれません。


いずれにしても気の持ちようであったにせよ、その"気の持ちよう"で変わるのであれば。つまるところ"進化"に繋がります。アクセサリーを実用性で考える事は殆ど無い点。(キーチェーン等のアクセサリーはデザイン性と実用性を兼ね備えている)


その満たされる感覚を言葉であえて表現するなら「心がそれを必要としている」という事でしょうか?


ファッションとして実用性よりデザイン性にこだわるアクセサリー

アクセサリーのモチーフにはそれぞれ古来からの言い伝えや意味合いがあります。その意味合いをどのように受け取るかは一人一人自由だとも思いますし、デザインを見て惚れたモノであれば、それにも意味があるのだと思います。何故なら、これから先もモノと共に歩み、記憶の中に残るからです。


アクセサリーの素材や天然石の価値とは?

金銀、天然石などは世界的に価値が認められた地球の資源であり、限りがある。そして、人がそれを求めるから成立するという答えが妥当かもしれませんが、そもそも天然のバイタリティこそが芸術的価値であるとも考えられます。そこに人の手や知恵加わり、その価値を証明するのに至るのではないだろうか?


天然の価値ある素材については、シンプルで当然な話…"地球にある資源"は限りがある事。その資源がどのくらい残っているかは定かではありませんが、あの眩い輝きを放つゴールドやシルバー、そしてダイアモンド、天然石も無限にあるわけではないという事です。例えば私が好きなアリゾナ産ターコイズも含め全て天然の素材です。さらに加工や調合を施して、最もアクセサリーに適した素材に仕上げます。


ゴールドなら「18金」シルバーなら「925」が基準として最もアクセサリーに適しており、高い価値として認められているのは事実です。


私がアメリカやメキシコを旅した時に感じた事ですが、誰かがこの山を登り石を発掘しているのかと、想像するだけでも人の労力は計り知れない。ダイアモンドは溶岩の中、または小惑星や隕石が衝突したエリアから採堀されると言われており、通常ではあり得ない環境で生まれた偶然の産物(天然の価値につきましては、またの機会に)


人を想像し距離を問わず常に誰かと向き合う志事

モノづくりをする私が言うのもおかしな話ですが「人の記憶であったり気持ちの面」のほうが素材やモノの価値よりも大切だと感じています。「知恵」もそうですし、これも一概には言えず絞れそうにありません。しかし私個人、ここでは敢えて「想い」という一言で表したいところです。


私がアクセサリーを作る理由それは言葉で語る事ではないのかもしれませんし、私も含め日々の体験の中で様々な想いがあります。結局のところアクセサリーを創り続ける明確な理由については、私自身も分かっていません。ただアクセサリーに限らず、何かに没頭し自分自身と向き合い続けるという事は、距離を問わず常に他の誰かと向き合っている事にも繋がります。


逆説的な考えもあり、さらに言えば物事は表裏一体です。答えは永遠に見つからなくても良いでしょうし、遺跡のように偶然"発掘"されていくのかもしれませんね。


人が導き出したモノ…そして"その"モノが人を導く


一人で黙々と何かをやっている時、仮に今やってる事の理由が分からなくても全てに共通して必ずと言っても良いくらい「何かしらの意味」があり、先へと繋がってゆく事だと思っています。


HAPPY COMPANY

小倉 盛人